ジョンさんのザツログ

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「本気」とは

ジャンル問わず、色々な物事に対して「本気」で取り組む人たちってたくさんいらっしゃいますよね。

 

 

 

例を2つ挙げるとすれば、

 

オタクの方々は、推しを応援するため、推しに会うため、推しを身近に感じるためなど、様々な理由でグッズを大量に購入したり、地方に通ったり、全く同じCDなどを大量に購入して○○券を手に入れたりしてます。

 

ゲーマーの方々は、PvPやPvE問わず、勝つための導線を考えたり、複雑かつ細かなダメージ計算をしたり、相手の数手先を読んで行動したりします。

 

 

 

どちらにも言えることは、熱量の大きさ、つまり「本気度」によって、月とスッポン、太陽とマッチの火くらいの大きな違いが出てくるということです。

 

 

 

そう考えた時に、また自分と他人とを比較してしまったんですが、自分の人生の中でそこまでの熱量、つまり「本気」で何かに取り組んだことが果たしてあっただろうかと思ってしまったんです。

 

 

確かに偏りはあれど、ジャンルを問わず、様々なモノに触れてきました。

子供の頃から親父の影響で特撮に触れたり、友達の勧めでアニメやゲームに触れたりしました。

 

その中で、自分が良いなと思ったものには自分なりに熱を注いできたつもりだったんですが、上には上がいるということで、自分より凄い熱量を注いでいる方々がたくさんいるわけですよ。

 

当然っちゃ当然ですよね。

 

そういう人たちを見て羨ましく思ったり、眩しく感じたりする反面、つい「自分の本気度は大したことなかったのではないか?」と思い、自分を卑下してしまうんです。

 

 

 

特に競う形のものになるとそれが顕著に出ます。

例えば、オセロニアなんて自分の中じゃ代表的な例で、自分が楽しい、面白いと思って始めて、課金もガッツリしたりした時期もありましたが、友達や家族を誘ってみたりしても大した反応を示されず、それでも5年以上続けて、頑張ってクラス上げをしてもダイヤモンドクラス底辺が関の山、カップ戦を頑張ったとしても良くてカリスマがいいところという結果。

熱量と実力が釣り合わないことに苦悩し、離れることもありました。

 

切磋琢磨できる仲間でもいれば、もしかしたら変わっていたのかもしれないなんて思うこともありましたが、むっつりコミュ障の自分にそこまでの人望があるわけでもなく、かろうじてオセロニアを通じて仲良くなった友達とそういう話をしたくても、自分が聞くばかりで相手へのリターンができるような情報なんて持ち合わせていないので、すごく申し訳ない気持ちになることが容易に予想がつくので、気楽に聞くこともままならずといった感じです。

 

じゃあ、「情報と実力を身につけろよ」という言葉が飛んできそうですが、その前に気持ちが折れてしまう雑魚なんです。

 

 

 

言い訳ですね、すみません...。

 

 

 

でも、その言葉が飛んでくる前に気持ちが折れてしまう時点で、そこまでの熱量、そこまでの本気度だったんだろうなって思ってしまうんですよ。

 

けど、それでも好きだから続けているんだとは思うんです、多分。

「ここまで続けてきて、ここまでお金をかけてきたのにもったいない」って気持ちもあるかもしれませんが...。

 

 

 

なんにせよ、こういう自分を変えたいとは思っています。

おそらく自信や自己肯定感を上げれば、自ずと改善されるのではないかと思ってはいますが、一朝一夕でなんとかならないのかと思うのは、安直な考えだし焦りすぎですよね。

 

オセロニアに限ったことじゃありませんが、自分の中の「本気」を引き出す方法って何かないものですかね?

 

 

 

というか、ここまで書いといて改めて思うんですが、そもそも「本気」って何なんでしょうね?